チッソ株式会社/チッソ 水俣病問題 のバックアップ(No.2)
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- 0 (1970-01-01 (木) 09:00:00)
- 1 (2016-02-18 (木) 15:08:20)
- 2 (2016-02-18 (木) 16:12:59)
- 3 (2016-02-18 (木) 17:15:31)
- 4 (2016-02-19 (金) 10:26:03)
チッソ 水俣病問題 
概要 
1956年、熊本県水俣湾で、チッソ株式会社(旧:新日本窒素肥料株式会社)が排出していた有機水銀による水質汚染や底質汚染を原因とし、魚類の食物連鎖を通じて人の健康被害が生じた。
経緯 
- 1956年7月1日、原因不明の奇病が8名に達した。
- 1957年1月25、26日で開かられた水俣保健所など集めた合同研究会で、魚介の中毒説が有力であると判明。
- 8月13日、水俣湾の漁獲を禁止
- 1958年7月9日、厚生省科研班が、新日本窒素肥料株式会社水俣工場の廃棄物が港湾を汚染し、魚介類が廃棄物に含まれている化学物質で有毒化し、これを多量に食べるために起こると推定した。
- 1959年7月14日、熊本大学医学部内の文部省科学研究班は、水俣病の原因について「有機水銀が有力な物質である」と結論に達した。
水俣病の症状 
その後 
- 1990年12月5日、水俣病和解交渉の国側の責任者だった環境庁のエリート官僚山内豊徳が自殺した。
ソース 
- 水俣の奇病、患者八名に 熊日新聞

- 魚介の中毒説が有力、水俣市の奇病、中央で合同研究会 熊日新聞

- 水俣湾の漁獲を禁止/ちかく知事告示/生きてゆけぬ七十戸/”十分の補償を” 熊日新聞

- 「水俣奇病の原因は新日窒廃棄物」厚生省科研班が推定 熊日新聞

- 水俣病/有機水銀が原因、熊大の研究班で結論 熊日新聞

- ある官僚の死 Death of a Government official 田村 元彦 西南学院大学

- 特措法に基づく水俣病問題の解決にあたって チッソ

